平成9年9月13日 第69号
柴田進先生は前夜までお元気でおられましたのに9月11日早朝、突然に、しかし静かにご逝去されました。 柴田進先生は岡村一心堂病院の名付け親であり、院長 岡村一博の山口大学での恩師であります。1988年開院にあたり、すべてのスタッフが力を合わせ患者様の治療にあたるという当院の理念をお話したところ、「それはチーム医療の新しい素晴らしい概念だね、みんなの力をいっぱいだせるように病院の名前には心を合わせる『一心』はどうか」とおっしゃられました。そして私たち一心堂に集うものはその名を実とすべき課題を与えられたのです。 いま医療はめまぐるしく発展し、高度な医療機器や新しい療法の発明が溢れています。しかしそれらはどれにしてもたったひとりの医師のみで使いこなせるものではありません。すべてのスタッフがともに力を出してこそその真価が引き出せるものです。多くの診療科にわたるという意味でのチーム医療ということがありますが、やはり医師をまわりから支える多くのスタッフの力を抜きには考えられません。開院のおりにヒポクラテスの医戒を先生にご揮毫いただき頂戴しましたが、医療の道の深さをお示しいただいたものと肝銘しております。 柴田進先生はいうまでもなく検査診断学の世界的なオーソリティであられました。にもかかわらず、コ・メディカルへのねぎらいを常にされる、そんな柴田進先生に師事させて頂き育まれたことが「一心堂」創生の原点にあることはちがいありません。病みあるいは傷ついた人々を確実に、そして早く回復していただくにはなくてはならない、先生に命ぜられた「心を合わせる医療」。しかし、残念ながら先生に合格点を頂く段階にはいまだ至っているとは思えず、ご存命中に自信をもってそれができなかったことが残念でなりません。一日も早く胸をはってご報告できるよう、いまここにご遺影に誓い、悲しみの辞とさせていただきます。 1997.9.12 医療法人岡村一心堂病院 院 長 岡村一博 企画室長 岡村庄三郎 |
|
ヒポクラテス医戒 生命は短く術は永遠である。 正しき機会は刻々に移り、試みには惑い多く、判断は難い。 およそ医師は単なる学習だけで事足りるものでない。
|