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      平成11年1月21日 第85号

病院長は中島先生になりました。       
私のことは「DR.岡村」か「理事長」と呼んで下さい。


                            理事長 岡村 一博
 岡村一心堂病院が昭和63年5月に開院してから、満10年と8ヶ月たちました。この間、地域の皆様に支えられ、順調に発展して参りました。そして更なる展開を目指してこの度、私の母校、山口大学医学部の先輩である中島弘二先生に病院長をして頂くことにいたしました。私は内科医としては「医師岡村」で、病院での立場では医療法人岡村一心堂の「理事長」ということになります。(今までは病院長と理事長を兼任していました)

 本年1月に田野吉彦副院長の退職にともない、内科の戦力が低下し、困っていましたし、また10年間も病院運営をやりますと、自分自身の思い描いた病院に近いものに仕上がってきたと思います。一方では近くに迫った第4次医療法改正、介護保険の導入などへの対応など、病院全体の事もゆっくり考えたいと思っていました。このような理由で、私は今月で院長を退き、最も敬愛する中島先生に当院の2代目の院長をお願いすることにいたしました。
 中島弘二先生は昭和16年の北京生まれ、島根県育ち、山口県立医科大学に進学されました。私は入学以来、勉学の指導をして頂き、私が当院の名付け親である柴田進先生の門下に入ったのも、先生が先輩としておられたからです。先生は医学生時代から幾つもの医学研究論文を発表される稀代の秀才でしたが、卒業後も血液病学の診療、研究活動のかたわら勉学に励まれ、アメリカ医学部留学試験に合格され、ご自身でアメリカニューメキシコ大学医学部内科学レジデントとして留学されました。私は先生のこのバイタリティに刺激されて留学試験に挑戦、ノースウエスタン大学医学部留学を果たしたのです。先生は御帰国後、山口大学第3内科講師、山口大学助教授を経て、東京の聖路加国際病院部長、聖路加看護大学教授をお勤めになり、東京都田無市にあります田無第一病院副院長になられました。田無第一病院では医師会の先生方に病院を利用していただくシステム作りに尽力されていました。
 この度、東京の名門病院、聖路加国際病院でひき続き診療されていた外来患者さん、新たな田無市の患者さん達を振り切って私共のため、この地域のため岡山へ来て下さる事になりました。
 先生は血液学、生化学、糖尿病学で非常に多くの研究論文を発表されています。また山口大学医学部、聖路加看護大学では多くの人々の教育と研究指導をされました。臨床面でも糖尿病、血液病(白血病や貧血など)を得意とされますが、内科全体についても最新の知識、経験も豊富です。安心して体をお任せできる名医です。(このように優れた先生を医学部教授として迎えなかった某大学は大変な損をした訳です。)

 先生はインターンを救急医療で忙しいので有名だった岡山市の川崎病院に特に志願されて1年間岡山におられましたので当地は知らない土地ではありません。夜中の川崎病院の中を私は先生の後をついて走り回りましたが、懐かしい想い出です。
 中島先生の趣味は・・・・・知りません。最近はパソコンをやっておられますが、これも所詮仕事であります。話をしていてもいつの間にか医学の事になります。パソコンは田無市医師会でインターネットを立ち上げたときの中心になられ、その知識は玄人裸足です。急な赴任ですので、先生はしばらく当地に一人暮らしとなります。田無市の留守宅には可愛がっているラブラドール犬エリちゃんと愛妻春子様がいます。
 以上簡単ですが新院長の御紹介を致しました。小生ともども、お引き立て下さいますようお願い申しあげます。

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